2019年07月23日

21世紀の戦争と平和

誰だって平和がいい。戦争をなくしたい。しかし、この世界から戦争がなくなったことはないし、今後もなくせないと多くの人が思っている。せめて自分の国、自分の生活圏には戦争が起こりませんように。せいぜいそんなところだろう。

日本国憲法9条は、せめて日本に限っては今後一切の戦争を放棄してみせると内外に宣言し、戦力不保持を誓った歴史的法文である。解釈に幅はあれど、原理的には「非武装」こそ戦争抑止の最良策という考え方を前提にしている。以来、日本の平和主義勢力は、この9条が有する抑止力を最も重視して「護憲」の立場を採り続けた。

これに対して、徴兵制こそ戦争抑止の有効策だと主張するのが本書の立場である。日本の護憲-平和主義勢力からは全く理解されない恐れのある主張である。しかし、著者は本気だ。この誤解を招いてもおかしくない主張を、極力幅広い読者に理解させるために、冷静に・丁寧に論拠を積み重ねていく。

政治学者として著者が注視しているのは、誰が戦争を始めるのか、つまり武力攻撃・武力行使の「決定」権限の所在だ。独裁国家でない限り、その決定は民主的になされるはずである。例えば、国会の多数決によって。緊急時には(国会の多数によって選出された)内閣が。つまり、開戦決定権は多数派を構成している政治勢力、ありていにいえば「与党」に握られていることになる。

であれば、戦争抑止のためには、武力行使に慎重な「与党」を常に選んでおかなければならない。それを選ぶのは誰か。言うまでもなく、国民である。

著者は、つまるところ国民に戦争抑止の意思がなければ、民主国家の戦争を止めることはできないと考えている。確かにそうだろう。しかし、誰だって平和がいい。戦争をなくしたい。国民に戦争抑止の意思があることは自明なのではないか。ならば民主国家の戦争は起こりえないか。否、実際に起きているではないか。民主主義先進国であるイギリスもアメリカもフランスも。さて、これはどういうことか。

結局、選挙のとき国民は、自分が戦場に駆り出されることさえなければ、平和の問題より経済の問題を重視して投票するだろうし、自分が軍隊に直接関わるのでなければ、場合によっては武力行使も「やむを得ない」と(わりと簡単に)判断する局面がいくらだってあったし現にあるのだ。だから、本気で戦争を抑止したいのなら、民主主義国家の主権者=国民全員が「自分のこととして」戦争のことを考えられるように制度設計しておかなければならない。それが徴兵制なのだ。

もちろん賢明な著者は、徴兵制さえ導入すればオッケーと言っているのではない。徴兵制に戦争抑止効果だけでなく、戦争準備効果もあることは承知の上だ。それでも、徴兵制なき民主国家の政策決定プロセスに、不要な戦争を決断させてしまう弱点を見出して、問題を提起している。著者の狙いが、戦争抑止メカニズムの構築にあることは疑いようがない。平和主義者こそ、この訴えを真摯に受け止めなければならないだろう。

21世紀の戦争と平和
三浦瑠麗 著
新潮社
本体1,700円

野上由人

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